京华大学「日本语学科より」から
「わたしの留学日记」
郑 文秀
私は日本语学科の二年生で、今、东西大学言语情报学部の交换留学生だ。
今年の3月28日、私は日本の行きの飞行机に乗った。夕方、成田空港に着いた。日本は初めてだった。日本人は日本语で话しかけたが、あまり通じなかった。ショックだった。成田空港からバスに乗った。夜、东西大学の国际交流会馆に着いた。とても不安だった。
4月から授业が始まった。中国人留学生の先辈や日本语の先生やクラスの同级生はみんな亲切だった。わたしは毎日、一生悬命日本语を勉强した。ホームステイや工场见学、バス旅行も経験した。地域の小学校も访问した。子供たちはかわいかった。国际交流クラブにも参加した。そして、日本人の学生とたくさん话した。
夏休みには国へ帰らなかった。たくさんアルバイトした。友达に一绪に富士山に登った。日本人登山客に日本语で话しかけた。今度通じだ。山顶から素晴らしい景色を见た。一生の思い出だ。
11月3日から5日まで、大学祭だった。いろいろな国の留学生会が模拟店を开いた。私も外の中国人のり留学生と一绪にギョーザを作った。大好评だった。
大学祭の期间中、言语情报学部主催の「日本语シンポジウム」を开きに行った。东西大学のいろいろな协定校の先生が発表した。私は久しぶりに京华大学の陈先生に会った。
私の梦は、日本语教师だ。この8か月间、私の日本语のことも日本人のことも、いろいろ勉强した。今、梦が少し现実に近づいた。
「わたしの留学日记」
郑 文秀
私は日本语学科の二年生で、今、东西大学言语情报学部の交换留学生だ。
今年の3月28日、私は日本の行きの飞行机に乗った。夕方、成田空港に着いた。日本は初めてだった。日本人は日本语で话しかけたが、あまり通じなかった。ショックだった。成田空港からバスに乗った。夜、东西大学の国际交流会馆に着いた。とても不安だった。
4月から授业が始まった。中国人留学生の先辈や日本语の先生やクラスの同级生はみんな亲切だった。わたしは毎日、一生悬命日本语を勉强した。ホームステイや工场见学、バス旅行も経験した。地域の小学校も访问した。子供たちはかわいかった。国际交流クラブにも参加した。そして、日本人の学生とたくさん话した。
夏休みには国へ帰らなかった。たくさんアルバイトした。友达に一绪に富士山に登った。日本人登山客に日本语で话しかけた。今度通じだ。山顶から素晴らしい景色を见た。一生の思い出だ。
11月3日から5日まで、大学祭だった。いろいろな国の留学生会が模拟店を开いた。私も外の中国人のり留学生と一绪にギョーザを作った。大好评だった。
大学祭の期间中、言语情报学部主催の「日本语シンポジウム」を开きに行った。东西大学のいろいろな协定校の先生が発表した。私は久しぶりに京华大学の陈先生に会った。
私の梦は、日本语教师だ。この8か月间、私の日本语のことも日本人のことも、いろいろ勉强した。今、梦が少し现実に近づいた。










